大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)213号 判決 1984年9月27日

原告

ケイソ産業株式会社

右訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

花輪義男

山本正緒

同    弁護士

寺西昭

右訴訟復代理人弁理士

石川義雄

被告

藤島智晃

右訴訟代理人弁護士

八木忠則

被告

大永紙通商株式会社

右訴訟代理人弁護士

上野久徳

小林信明

同    弁理士

中畑孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が同庁昭和四八年審判第四四三六号事件について昭和五三年一〇月三一日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求め、被告らは、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「塗装法」とする特許第六四八六四一号特許発明(昭和四一年一二月二九日出願、昭和四六年五月二六日出願公告、昭和四七年六月二一日設定登録。以下、この発明を「本件発明」、この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。被告藤島智晃及び大成紙業株式会社は、原告を被請求人として、昭和四八年七月六日、本件特許を無効にすることについて審判を請求し、右事件は特許庁昭和四八年審判第四四三六号事件として審理されたが、その審理中である昭和五〇年一一月二五日大成紙業株式会社は被告大永紙通商株式会社に吸収合併され、被告会社はその旨特許庁に届け出た。しかるところ、特許庁は昭和五三年一〇月三一日本件特許を無効にする旨の審決をし、その謄本は同年一一月一四日原告に送達された。

二  本件審決の理由の要点

本件発明の要旨は、「ビニール樹脂を主材とする糊、ペンキあるいはニス等の接着剤に粒状塗装材の粉末を混合して施行面に予め塗布し、この塗布された前記接着剤層に電着又は空気吹付けにより前記粒状塗装材を吸着又は吹付けて突刺植設し外装する塗装法」であると認める。

これに対し、いずれも本件発明の特許出願前に日本国内において領布された刊行物である特許出願公告昭四一―三九一一号公報(以下、「第一引用例」という。)には、「接着剤を壁面、天井等の構造物に塗布した後、蛭石、砕石等の粉粒状物質を接着剤の塗布面に静電塗装すること、及び該接着剤には酸化チタン、クレー等の鉱物性物質の微細物質を調合すること」が、特許出願公告昭三八―一九八四三号公報(以下、「第二引用例」という。)には、「ビニール樹脂を主材とした、糊、ペンキ、ニス等の接着剤を施工面に塗布し、この塗布された接着剤層に電着により粒状物等の塗装材を吸着突刺植設する塗装法」がそれぞれ記載されている。

本件発明と第一引用例のものとを対比すると、両者は共に接着剤を施行面に予め塗布した後この塗布された接着剤層に粒状塗装材を吸着し外装する塗装法に関するものであるが、

(1)接着剤については、本件発明ではビニル樹脂を主材とするものであるが、第一引用例には接着剤の種類について説明がない。(2)接着剤に混合する材料が、本件発明では「粒状塗装材の粉末」であるのに対して、第一引用例では「酸化チタン、クレー等の鉱物性物質の微細物質」である点において相違している。

そこで、右相違点(1)及び(2)について検討するに、相違点(1)については、第二引用例にも示されているように、接着剤を施行面に塗布した後この塗布された接着剤層に粒状塗装材を吸着し外装する塗装法において使用される接着材としてビニル樹脂を主材とする接着剤は周知慣用のものであり、したがつて第一引用例に単に接着剤としか記載されていなくても、該接着剤がビニル樹脂を主材としたものなどであることは当業者にとつて自明のことであると認められる。

また、相違点(2)については、本件発明において接着剤に混合される材料は「粒状塗装材の粉末」であるが、粒状塗装材は明細書に説明されているように蛭石、パーライト石等であり、これは鉱物性物質であるから、該粒状塗装材の粉末は鉱物性物質の粉末であり、また該「粉末」は第一引用例の「微細物質」とその寸法形状において差異があるものとは認められない。したがつて、接着剤に混合する材料は本件発明も第一引用例も共に鉱物性物質の粉末であるといえる。しかし、本件発明では「粒状塗装材の粉末」と規定しているので、本件発明の場合は、鉱物性物質の中でも粒状塗装材として用いられる鉱物性物質の粉末ということになるが、第一引用例でも接着剤に混合される鉱物性物質の粉末は酸化チタン、クレーに限られるものとは解されず、その他第一引用例に塗装材として示されている蛭石、砕石等の鉱物性物質の粉末であつても良いことは当業者の容易に理解しうるところであると認められる。そして、本件明細書に説明されている接着剤を厚く塗布することができるという効果は、接着剤に混合する粉末が、塗装材として用いられる材料の粉末でなければ生じない効果であるとは認められない。

右のとおり、本件発明は、第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第二九条第二項の規定に違反して特許されたものであるから、同法第一二三条第一項第一号の規定により無効とすべきものである。

三  本件審決の取消事由

1  原告は、昭和五四年七月一二日、本件発明の願書に添附した明細書の訂正をすることについて審判を請求し、特許庁昭和五四年審判第八五四二号事件として審理された結果、昭和五八年四月二〇日、「特許第六四八六四一号発明明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおりに訂正することを認める。」との審決があり、その謄本は同年六月二九日原告に送達され、右訂正審決は確定した。

訂正明細書に記載された本件発明の特許請求の範囲は、「ビニール樹脂を主材とする糊、ペンキあるいはニス等の接着剤に蛭石又はパーライト石の粉末を混合して施行面に予め塗布し、この塗布された前記接着剤層に電着又は空気吹付けにより前記蛭石又はパーライト石を吸着又は吹付けて突刺植設し外装する塗装法。」である。

2  右の経過によれば、本件発明は、特許法第一二八条の規定により、出願当初から訂正後の特許請求の範囲のとおりのものとみなされるから、本件発明の要旨を訂正前の特許請求の範囲に基づいて認定した審決は、結果的に本件発明の要旨認定を誤つたことに帰する。

しかして、右訂正により限定された「蛭石又はパーライト石」はいずれも多孔性物質であり、その粉末も多孔性物質であつて、本件発明の特有の効果は、かかる多孔性の蛭石又はパーライト石の粉末の混合された接着剤を施工面に塗布することにより得られるものである。すなわち、多孔性の蛭石又はパーライト石の粉末を、ビニル樹脂を主材とする糊、ペンキあるいはニス等の接着剤に混合して施工面に塗布すると、塗布された接着剤層は、充分厚く塗布され、その粘着性が増すという特有の効果が得られる(特許審判請求公告公報第二頁右欄第二三行ないし第二五行)。このような特有の効果は、空隙の多い蛭石又はパーライト石の粉末自体のもつ弾性、及びその空隙への接着剤の侵入による蛭石又はパーライト石の粉末と接着剤との連結によつて得られるものである。

一方、第一引用例に記載されている非多孔質である酸化チタン、クレーの粉末を接着剤に混合しても、右のような効果は到底得られないものである。

そうすると、審決は、本件発明の誤つた要旨認定を前提として引用例との対比判断を行ない、その結果、本件発明の進歩性についての判断を誤つた違法があるから、取消されるべきものである。

第三  被告らの陳述

一  請求の原因一、二及び三の1の事実は、いずれも認める。

二  同三の2の主張は争う。

本件審決理由の要旨は、「本件発明において接着剤に混合される材料は『粒状塗装材の粉末』であるが、粒状塗装材は明細書に説明されているように蛭石、パーライト石等であり、これは鉱物性物質であるから、該粒状塗装の粉末は鉱物性物質の粉末であり、また該『粉末』は第一引用例の『微細物質』とその寸法形状において差異があるものとは認められない。」としたうえ、「したがつて、接着剤に混合する材料は本件発明も第一引用例も共に鉱物性物質の粉末であるといえる。しかし、本件発明では『粒状塗装材の粉末』と規定しているので、本件発明の場合は、鉱物性物質の中でも粒状塗装材として用いられる鉱物性物質の粉末ということになるが、第一引用例でも接着剤に混合される鉱物性物質の粉末は酸化チタン、クレーに限られるものとは解されず、その他第一引用例に塗装材として示されている蛭石、砕石等の鉱物性物質の粉末であつても良いことは当業者の容易に理解しうるところであると認められる。」というにある。

右によれば、審決は、「粒状塗装材の粉末」が「蛭石又はパーライト石の粉末」である場合について判断を示しており、このことは訂正後の特許請求の範囲の記載と同一内容について判断していることになるものである。したがつて、訂正審決があつたからといつて、審決を取消さなければならないというものではない。

次に、原告は、蛭石又はパーライト石の多孔性に基づく効果を訂正後の本件発明の特有の効果であるとし、審決は本件発明と引用例との対比判断にあたりこの点の判断を欠いているから違法である旨主張するが、訂正審決で訂正が認められた「蛭石又はパーライト石の粉末」の技術的意味を把握するにあたつて、これを多孔性の粉末とすることは、到底容認しえないものである。けだし、本件発明の構成要件である「粒状塗装材の粉末」を「多孔性の粒状塗装材の粉末」に訂正することは、特許請求の範囲を実質上変更するものであつて、そのような訂正は特許法第一二六条第二項の規定に違反するものとして容認されないからであり、このことは訂正審判の経過に徴するも明らかである。すなわち、原告は、本件発明の訂正前の特許請求の範囲のうち「粒状塗装材の粉末」とある記載部分を「多孔性の粒状塗装材の粉末」と訂正することについての審判を求めたが、特許庁は、原明細書に存しない「多孔性」の字句を加入する訂正は特許請求の範囲を実質上変更することになるとして訂正拒絶理由通知書を発し、原告はこれに応じて「多孔性」の字句を追加することを撤回し、同時に訂正前の特許請求の範囲の「粒状塗装材の粉末」とあるを「蛭石又はパーライト石の粉末」と訂正することについての審判を請求することに変更し、特許庁もこれを認めて、そのとおりの審決をしたのである。

第四  証拠関係<省略>

理由

請求の原因一、二及び三の1の事実は、当事者間に争いがない。

右の争いのない訂正審判の経緯(請求の原因三の1)によれば、訂正審判の審決の確定により、本件発明の願書に添附した明細書の特許請求の範囲は、特許法第一二八条の規定に基づき、出願当初から訂正後の明細書記載のとおりのものとみなされるから、訂正前の本件発明の明細書の特許請求の範囲中の「粒状塗装材の粉末」及び「粒状塗装材」との記載は、それぞれ蛭石又はパーライト石の粉末」及び「蛭石又はパーライト石」となり、審決は、結果的に本件発明の要旨認定を誤つたことになる。

しかしながら、本件審決は訂正前の本件発明の特許請求の範囲中の「粒状塗装材の粉末」が「蛭石、パーライト石の粉末」である場合について、これを第一引用例における酸化チタン、クレー等の微細物質と対比し、両者はいずれも鉱物性物質である点において同一であるとしているのであつて、その判断は本件発明の訂正前の特許請求の範囲中の「粒状塗装材の粉末」が訂正審決において「蛭石又はパーライト石の粉末」と訂正されようと、何らの変更をも受けるものではなく、本件審決の前記要旨認定の誤りが、直ちに本件発明を第一、第二引用例の記載から当業者が容易に発明することができたものであるとする本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。

原告は、訂正審決により訂正された本件発明の特許請求範囲中の「蛭石又はパーライト石」はいずれも多孔性物質であり、本件発明の特有の効果は、かかる多孔性の蛭石又はパーライト石の粉末の混合された接着剤を施工面に塗布することによつて得られるものであるところ、第一引用例に記載されている非多孔質である酸化チタン、クレーの粉末を接着剤に混合しても、本件発明が奏するような効果は得られないから、審決は本件発明と引用例との対比判断を誤つている旨主張する。

しかし、<証拠>によれば、本件発明の訂正前の明細書には、粒状塗装材の具体例として蛭石又はパーライト石が挙げられているが、本件発明の奏する効果がそれら物質が多孔性であることに基づくものである旨の記載は全くないことが認められる。

しかして、<証拠>によれば、原告のした訂正審判請求は、当初は本件発明の明細書の特許請求の範囲中に「粒状塗装材」とあるを「多孔性の粒状塗装材」と訂正することを求めるものであり、また、明細書の発明の詳細な説明の項においても、原告は当初明細書にはなかつた、多孔性の粒状塗装材を用いることによつてはじめて得られる特有の作用効果を付加訂正しようとしたが、そのような訂正は特許請求の範囲を実質上変更するものである旨の訂正拒絶理由通知を受けたため、手続補正書を提出して右訂正請求を撤回し、新たに明細書中に「粒状塗装材」とある部分を全て「蛭石又はパーライト石」に訂正する旨の審判を請求することに変更し、特許庁はそのとおりの審決をしたものであることが認められる。

右のとおりであつて、訂正後の特許請求の範囲に記載された蛭石又はパーライト石が多孔性のものであつたとしても、原告はそれが多孔性であることが本件発明の特有の効果であるとして、同じ鉱物質であつても第一引用例における酸化チタン、クレー等の微細物質とは異なる旨の主張をすることはできないものといわなければならない。

してみると、本件発明の明細書を訂正することについての審判の審決が存在するにかかわらず、本件審決の判断はそれによつて左右されるものではなく、本件発明は第一、第二引用例の記載から当業者が容易に発明し得たものとした審決には誤りがないから、これが違法であることを理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(高林克巳 杉山伸顕 八田秀夫)

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